たまごビル健康講座                       平成25年6月29日

                                  
   
     救急医療の問題点とその解決方法 
                    救急搬送困難事例 「たらい回し」について

     第40回日本救急医学会総会会長
     関西医科大学附属滝井病院 救命救急センター 救急医学科
               
               中谷 壽男 先生

 【司会 四方先生】
 新聞の報道で、”動き出さない救急車”というのがあります。救急医療の問題点です。患者を連れていく病院が見つからないので救急車がなかなか動き出さないことです。なかなか解決していない問題です。中谷先生のお話で、実情を教えていただきたいと思います。

  【中谷 先生】
本年の新聞報道で、「また起きた “たらい回し”」 というのがありました。 埼玉県久喜市で37件拒否された事例で、 “たらい回し”が問題にされました。大阪では53 件の拒否事例が有ります。
 夜は応急診療なのに、無理をして専門医を探す。口の中をけがしたからと、口腔外科を探して見つからない事例などがあります。実際、口腔外科は少なく、夜間診療している所がほとんど無いので、見つからない訳です。無理して専門科を探すので見つからず、”受け入れ困難事例”となっています。10件から20件断られた例が新聞に載っていましたが、そのような例は毎日あるのが現状です。しかし、全て“たらい回し”とされ、救命救急に対する風当たりは強い物になっています。

 救命救急は大変な状態で、関係者の間では”救命救急医”は、絶滅危惧種といわれています。行政、大学、そして一般市民の方が何もしないで、このままの状態が続くようなら、本当に”救命救急医”が絶滅してしまう危惧が大いにあります。

 
  

 2008年1月に新聞で大きく報道された”救急搬送拒否「連絡付かず」2件”の記事が有ります。その1件目、守口市内のセンターは、関西医大、滝井病院で、担当は中谷先生でした。中谷先生は、患者に救命処置を行っていて、連絡が受けられませんでした。この記事の発端をとなったのは中谷先生でした。この時“たらい回し”や“搬送拒否”が大きく報道されました。中谷先生の所にも、取材攻勢 があり、テレビ、新聞などの取材が連日のように有りました。ある新聞社から密着取材が有りました。ところが、密着取材にあたった記者が現場の余りの過酷さについていけなくなってしまいました。やがて記者たちも、救急の窮状を知り、“たらい回し”“搬送拒否”から、“受入困難事例”と報じてくれるようになりました。

 
 報道各社も、救命救急センターへの搬送が急増していること。一般の救急病院が受け入れてくれないことで、そのしわ寄せで救命救急センターに集中し、重篤な患者を受け入れられない現状を報道するようになりました。報道機関も、“搬送難航”の現状がわかってきて、報道も変わってきました。報道機関も“受け入れ困難”という事で、キャンペーンを行いました。一時的に効果が有りました。ところが本年、また、”たらい回し“と報道されました。現状は4~5年たつと、すぐに忘れ去られることと思いました。


 

 【受入困難はなぜ生じているか】

  医療資源の不足
  医師不足(適性配置)。 医師の全体数は増えているが、労働条件のきつい救急医などは
    減っている。
  救急医の過酷勤務。週80時間勤務が目標だが、夜間働いた先生が、昼手術している現状で
    ある。(80時間の目標は、達成されていない。)
  応急診療への完璧要求。夜間でも専門医・専門科を求める。
  病床不足・医療費削減。政策 で削減された。
  専門医志向
   最近の若い医師の志向は、専門医志向。早くから専門領域を目指して勉強する。
 (欠点)専門領域しか診られない。専門外には手を出せない。救急医が不足。

 需要増加

 救急搬送件数の増加
   軽症患者の救急車利用が全国平均で50%になります。大阪府は63%が軽症。救急車が
   必要でない軽症でも、救急車を呼んでいるため、救急搬送が増大している。
   コンビニ受診  
     昼間は混んでいるから、夜に行く。夜、救急車を呼べば、 タダ、速い、診察も早い 。

   救急搬送件数の増加
     高齢者搬送が増えている。65歳以上が53%(2011年)。 高齢者の増加でICUの長期占有 、
      後方病床不足。独居高齢者の問題でベッドが空かない。

   老人施設でも終末期に救急車を呼ぶ。
     老人施設の不備が救急の負担になっている。

  患者側要因による供給の制約
   高度、専門医療は昼間に受けるもの 、休日・夜間は応急診療である 。
   救急車の適正利用 。緊急でない搬送を無くす。コンビニ救急を避ける 。夜間に受診する必要が
       あるか。


 NHKが報道した住民運動 

 「県立柏原病院の小児科を守る会」
 過酷な勤務状態から、次々に医師が退職し、小児科医が1人になり、このままでは病院が閉鎖、
 地域の小児科が無くなる危機が発生しました。
 子供を持つ母親が、小児科を守ろうと運動を始めました。医師の労働環境を知り、ショックを受けた
 住民が医師の負担を減らすために運動しました 。
   
   コンビニ受診を控えよう。  必要以外に夜の診察を避ける。

   かかりつけ医を持とう。(いきなり病院へ行くのではなく、近くの医師に相談。)

   お医者さんに感謝の気持ちを伝えよう。
  
 母親たちの運動で夜間救急患者は激減。たった一つの小児科病院はいまも存続しています。


 【最後の砦となしうるには】

  解決すべき多くの課題

   行 政    :医療費、臨床研修制度
   大学・病院  :教育
   医師・医学生 :目的意識
   病 院    :診療体制
   患 者    :受診形態・意識の見直し

昔から救急医療の改善を目指しているが、なかなか動いていない。



 【対 談】

 


    第40回日本救急医学会総会会長
          中谷 壽男 先生
    近畿大学医学部救命救急センター教授
          村尾 佳則 先生
    一般財団法人石垣ROB療法研究所 理事長
          石垣 邦彦 先生
    司会 関西医科大学病理学部教授
          四方 伸明 先生
中谷先生
  たまごビルで救急医学講座を受け持ち8年になります。

村尾先生
  来年からは、中谷先生のされたことを引き継いで、話していきたい。

石垣先生
  みんな最後は死ぬのです。普段の生活に責任を持たず、悪い生活習慣のままで過ごし、最後に
  なって医療や救急、介護に丸投げするのではなく、自分でしっかりした生活習慣をして、身体の
  しくみを活かし、自分の体は自分が責任を持つ必要が有る。予防が大切。一人一人が立ち上が
  る必要が有る。
  救急の問題は、患者のエゴが影響していることがあるのではないか。

中谷先生
  救急センターは、ベッド数が限られていて、病状が落ち着かれたら、一般病棟に移っていただく事
  になります。普段からベッドを空けておいて、救急の患者を待たなければならないのです。治療が
  終われば、ベッドを空けなければならないのが救急なのです。“最後まで治療してくれないのか”、
  “見捨てるのか” と、言われる。しかし、重篤な患者を救うために救急センターはあり、普通の
  病院ではないことを分かってほしい。

石垣先生
  一般の人が救急を自覚しなければならない。

村尾先生
  患者が、何でも言えばよいという風潮があり、訴訟も増えたので、医師が訴訟されるような部門に
  いかなくなったことが有ります。医師が一生懸命治療していても、何でも訴訟することが増えた。
  今は、医師会や関連部門の協力で、信頼関係が戻りつつあります。本質的な所が改善すれば良
  くなってくると思います。

石垣先生
  無茶苦茶飲み食いして、糖尿病になっても、自分の体だから、自分で責任を持たざるを得ません。
  普段からしっかり自分の事を理解して管理し、不要な治療を無くし、救急の先生方が余裕をもって
  十分に力を発揮できるように、自分の事は自分で責任を持ちましょう。 普段の生活がたいせつ
  です。

村尾先生
  救命センターは重症の患者さんを受け入れる施設ですが、近畿大学では、病床を増やし、重症な患者だけ
  ではなく、”受け入れ困難”な患者も受け入れられるような体制づくりを進めています。

中谷先生
  夜の救急医に昼の専門医と同じ治療を求めないでほしい。夜は救急医療を受け、朝になったら、
  専門医の診察を受けるという事を了承してほしい。夜にも昼間と同じ医療を求められると、救急は
  困ります。
  搬送困難事例が多く起こっています。夜は緊急医療という事を理解してもらえば、搬送困難を防
  ぐ事が出来ます。本当に緊急で夜に診察しなければならないのかという事です。
  赤ちゃんが夜に泣いたからといってすぐに病院に行く、夜眠れないから、病院に薬をもらいに行く
  様な事は避けてほしい。医師は夜治療して、寝ないでも、次の日診察して、疲れ果てて、手術を
  する事になります。こういう救急医療の状況を知っていただきたい。

中谷先生、長い間有難うございました。村尾先生、よろしくお願いいたします。